島根県は11月1日を「しまね教育の日」と定め、続く1週間を教育ウィークとして、地域、学校、家庭など多様な主体がこれからの教育を考える機会としている。中でも県教委が主催する「しまね教育の日フォーラム」は、年ごとにテーマを変え、関係者が集うメインイベントだ。一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォームが昨年度より共催者となり、今年は「魅力ある学校教育と地域創生の好循環をつくる」をテーマに設定した。内閣官房、総務省、文部科学省からの来賓も含め、県内外から250名の参加者が集い、さまざまな立場の大人が主体的、対話的に学び合った一日をレポートする。(取材/文 江森真矢子)。
島根県は2011年度より離島・中山間地域の高校8校を魅力化推進校に指定し、コーディネーターの配置をはじめとする地域との連携による学校改革を推進してきた。2017年度からは離島・中山間地域以外にもその対象を広げると同時に、高校と地域が一体となって魅力化を推進する11の市町村を「教育魅力化推進事業」の対象に。財政支援だけでなく、県教委に各地域の推進伴走スタッフを置いて支援してきた。
今年度は、指定された地域の高校に推進担当主幹教諭を配置。今年のフォーラムは8高校の主幹教諭と、5地域の教育魅力化推進チームによる実践報告を行った。学校や地域で結成されたチームが、学校全体で取り組みを加速するためにどのような取り組みを行っているのか。その中間過程を報告し、課題を明らかにして次の打ち手を参加者とともに考えるのが会の趣旨だ。
新田英夫教育長の「島根県では魅力ある学校づくりが魅力ある地域づくりにつながる、好循環の生まれる取り組みを教育の魅力化としている。主体的に学ぶ意欲の育成や、学校と地域の連携・協働について参加者もともに考え『魅力ある学校教育と地域創生の好循環』を広げる一日にしてほしい」との開会の言葉からフォーラムはスタートした。
今年度から高校に配置された魅力化担当主幹教諭のミッションは、次期学習指導要領に示された主体的・対話的で深い学びや思考力・判断力・表現力を育むための授業改善。また、そのためのカリキュラムマネジメントを進めるための、校内の核として機能すること。主幹教諭自身がまず、主体的に課題を見つけ、さまざまな他者と協働しながら、定まった答えのない課題に粘り強く取り組む姿勢を求められている。
1人で取り組むのではなく、伴走者やコーディネーターというチームや、管理職のサポートがあるとはいえ、新しい学校への異動からスタートしたこの半年が困難の連続であったことは想像に難くない。報告に登壇したのは、島根中央高校、飯南高校、吉賀高校、隠岐高校、矢上高校、横田高校、津和野高校、隠岐島前高校の8チームだ。
トップバッターとして登場した島根中央高校の主幹教諭は、「教育の質の向上」をミッションに設定した。授業改善、探究的な学び、カリキュラムマネジメントを推進するにあたって必要なのは働き方改革。生徒や授業準備にかける時間を捻出するための方策として、職員朝礼や職員会議の圧縮に取り組んだ。
まずは5月に2週間、職員朝礼を中止し、情報伝達は校内LANを活用した。教員アンケートを実施するとメリットが大きいことがわかり、7月からの職員朝礼は週1回に変更。職員会議についても伝達事項は校内システムを使った結果、平均25あった議題が10月には2にまで減少し、空いた時間で意見交換会や授業に関する研修を行うことができた。
働き方改革というと勤務時間の圧縮が目的化されがちだが、「推進したのは言語化と対話の機会を増やすこと」と中澤教諭は言う。10月には組織と個人の働き方を把握して、その先にある教育の質向上のための業務改善に取り組んでいく予定だという。
その後登壇したチームも、それぞれ学校の実情に即したテーマを設定して実践を行っている。例えば飯南高校の「チーム飯南乃風」は、地域をフィールドにした総合的な学習の時間「生命地域学」を、各教員が自信を持って担当できる状態を目指した。そのためには教員が地域の魅力を語れるようになることが重要と、自ら積極的に地域イベントに参加したり、ほかの教員に参加を促してきた。遠距離通勤の教員集団が地域に関わることの難しさも見えてきたが、「地域について、知識で語ること体験で語ることの違いは大きい」との気づきが共有された。
吉賀高校は担当教員の異動によりそもそもの意義や方向性が徐々に失われ、負担感が大きくなってきた総合的な学習の時間を、次期学習指導要領への移行も意識しながら立て直そうとしている。また、矢上高校では学校全体の授業力向上のため授業公開週間を設定し、主幹教諭自身がアクティブラーニング型の授業を実践して公開。教科ごとの専任教諭が一人ずつしかないことも多い小規模校では、ICT活用やアクティブラーニングなど教科を越える共通言語を持ったことで、教員同士の対話が促進されているという。
4月からの半年間で、どこまで進めることができるのか。ある主幹教諭は週18コマの授業も持ちながら業務を進め、別の主幹教諭は管理職・コーディネーターと職員の意識の差を縮めようと奔走してきた。ともに登壇した管理職は一様に、主幹教諭の置かれた難しい状況の説明や努力を労う言葉、主幹教諭自身の成長とこれからへの期待を伝えた。
学校の活性化にスポットが当たることの多い高校魅力化事業だが、島根県が本腰を入れたのは、個別の学校の生き残りのためだけではなく、地域や県全体の未来にとってプラスになる可能性を見出したからだ。では、高校の魅力化によって地域は活性化しているのか。また、地域はどこまで教育の魅力化にコミットしているのか。第2部では「教育魅力化推進事業」として、県立高校と地域の多様な主体が協働して魅力化に取り組み、魅力ある学校教育と地域創生の好循環を目指す市町村のうち5地域が発表を行った。
新田教育長は、折しも今夏に文科省から「地域教育に資する高校教育改革」、内閣府から「地域振興の核としての高校の機能強化」という方針が打ち出され、社会に開かれた教育課程という次期指導要領とも相まって、島根県が先駆けている取り組みが非常に重要であることを強調。発表した地域はこれまでの取り組みに加え、現状の市町村では解決困難かつ、他地域にも共通すると思われる課題と解決のための提言を発表し、第3部ではその提言の内容をより具体化し、実現するための方策を参加者とともに議論した。
登壇したのは雲南市、益田市、奥出雲町、邑南町、島前(海士町、西ノ島町、知夫村)。雲南市には大東、三刀屋、掛合と3つの高校がある。「日本で一番若チャレンジしやすい町」を目指し、若者が起業を学ぶ「幸雲南塾」、さらには高校生のチャレンジを促す取り組みも行ってきた。市内にチャレンジの総量が増え、新たな人の流れが生まれつつあるが、人口の社会増には繋がっていないことが課題だ。
そこで、次に目指すのは「社会課題に意思を持って向き合う人材がより一層育つ町になる」ことと「社会課題解決を目指す人やNPO・起業に選ばれる町になる」こと。具体策として、現在4割(約120人)が市外の高校に進学していく現状を変えるための提言がされた。それは、3校フルセットで市内中学生のニーズに応えていくこと。国立大学の一法人複数大学方式をヒントに「(仮想)雲南高校」を作れないかというのだ。
市内に複数校あるがゆえの難しさとチャレンジは、益田市も同様だ。同市では「人が育つ町 益田」を掲げ、小学生からのライフキャリア教育に取り組んでいる。目下の課題は保幼小中、そして私立高校2校、県立高校2校と設置者の違う教育機関、行政内部署がどう協働していくか。第3部では「益田版カタリバのさらなる進化」「新・職場体験のさらなる進化」「公民館をハブとした地域活動のさらなる創出」「行政内でのさらなる連携促進」の4テーマで参加者と対話を行った。
第3部「『より良い学校教育』と『より良い地域社会』を共に生み出すための全員対話」で目指したのは発表者、参加者双方にとって次の具体的なアクションにつながる対話だ。発表した市町村がホストとなった各会場には興味関心に沿って集まった参加者と活発な議論が行われ、第4部ではその内容が報告された。
例えば「地方創生と学校魅力化のために地域社会は何をすべきか。未来の地域社会と学校のあり方はどうあるべきか」というテーマで対話をした邑南町。対話を終えて、地域社会は学校に求められていることだけをやるのではなく、地域が求めることを進んでやっていくこと、その時に地域と学校がすり合わせをする場を作ることが次のステップに向けての課題と語った。
また、魅力化が始まって10年になる隠岐島前は次のイノベーションを作るための経営、マネジメントのあり方を議論した。日本中で追随する流れが出てきたいま、ここからすべきことの方が多く、課題の難易度も高いと考えている。参加者からの、島前だけでやるのではなくもっと開いた形で進めていったらどうか?生徒が参画しては?といった声が印象に残ったという。そして「隠岐島前の課題はこれから他地域もぶつかる壁になると思うので、どんどん突破していこうと気持ちを新たにした」と感想を述べた。
全員が対話に参加した今年度のしまね教育の日。来賓もまた、真摯に課題に向き合う一日となったことが、閉会時の言葉からも伝わってきた。内閣官房、総務省、文科省から迎えた三者と島根県からのメッセージを紹介してレポートを終えたい。
奥出雲町のセッションに参加した佐々木浩氏(総務省大臣官房・地域力創造審議官)から。鹿児島県出向時代、中山間地域に公立中高一貫校開校に関わった経験を持つ佐々木氏は、現行制度では難しい中高一貫教育の新しい形を模索する議論を終えて 「鹿児島では地域にうちの子達が入れない高校をなぜ作る?そんな場所に人が来るのか?という声もあった。教育委員会との議論の中で”たまには腕をふるってみてはどうか”と後押しをし、鹿児島県の公立にはなかったタイプの学校ができた。時には県が主導して大胆な学校づくりをすることが、県内への新しい刺激となることもあるのではないか」とエールを送った。
雲南市のセッションに参加したのは永山賀久氏(文部科学省・初中等局長)。参加して、文科省が今まさに推進しようとしている「地域振興の核としての高校」について感じたことがあると切り出した。ひとつは、目的と成果について関係者の共通認識を持つことの重要性。 「一人ひとりの先生、生徒、保護者にとって何がメリットなのかを本当に考えてやらないと上滑りする。結局子どもに迷惑がかかるようでは本末転倒だ。行政としては定量的な成果を探しがちだが、定性的なものや抽象的な成果の両方、また1、2年の成果と5、10年の成果のどちらも大切にしよう」と語った。
最後に登壇した島根県副知事の藤原孝行氏は、まず「高校魅力化は、高校がなくなると地域が困るという思いから出発し、県ではなく市町村が県立高校に向けて支援するところからスタートした。同じような思いを持つ中山間地の高校に広がって10年。そして地方創生の流れに乗って”高校”魅力化は小中学校にも広がり”教育”魅力化になった」とこれまでを振り返った。
さらに、「これまで村、町で多くの人が関わり、お金も含めて多くの苦労があった。先生も県外での生徒募集活動など今までない努力をしてきてここまできた。しかし、”志を果たしに、いつの日にか帰らん”という生徒が本当に現れるかどうかはこれから。今後は、学校と地域と県がしっかり対話していくことが大事だと考えている。これまで関わってきた方々に感謝すると同時に、これからさらに、一緒にがんばっていこう」と力強いメッセージで締めくくった。
1年の半ばが過ぎたところで発表された高校での実践、地域の活動はともに発展途上にあるものだ。「魅力ある学校教育と地域創生の好循環」が島根県各地域、学校においてどのように進展するのか。これからさらに注目を集めることになりそうだ。